交通事故で労災保険を使うには
1.交通事故による受傷と労災保険の使用
ア.交通事故の診療に労災保険を使用できるか
労働者災害補償保険(労災保険)は、業務上の事由または通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等(業務災害・通勤災害)に対して保険給付を行う制度ですので、労働者が業務中または通勤途中に交通事故に遭遇した場合であれば、被った損害について労災保険から保険給付を受けることができます。
公務員についても、国家(地方)公務員災害補償法により、労災と同様の補償が受けることができます。
尚、労災給付を受けることができる場合には、健康保険から給付を受けることはできませんので(健康保険法55条1項)、交通事故が業務災害・通勤災害にあたる場合には、労災保険を必ず使用するようにしてください。
この場合、労災保険を使用しないとすると、診療は自由診療となりますので、健康保険を使用しなかった場合と同様に、被害者の受領金額が減少してしまうことになります。
イ.交通事故で労災保険を使用するメリット
I.労災保険を使用するメリット
- 1)診療に労災保険を使用するメリットについては、診療に健康保険を使用した場合のメリットと同様です。
労災保険を診療に使用した場合、受診者には窓口負担がありませんので、120万円の自賠責保険枠をより有効に利用することができます。 - 2)労災保険では、労働災害による休業期間につき、平均賃金の60%に相当する休業補償給付と、20%に相当する休業特別受給金の支給を受けることができますが、この休業特別受給金については、加害者に対する損害賠償額から控除されないとされておりますので、被害者は、休業損害額から休業補償給付分60%のみを差し引いた、残りの40%を、加害者に対して請求することが可能です。
したがって被害者は、結果として、休業損害額の120%の給付を受けることができることになります。
II.具体例 ※被害者の過失割合を20%(40%)とする。
労災保険を使用しない場合 | 労災保険を使用した場合 | |
---|---|---|
治療費(a) | 200万円(全額負担+2倍の診療報酬) | 0円(全額労災負担) |
入通院慰謝料(b) | 40万円 | 40万円 |
休業損害(c) | 60万円 | 60万円 |
損害合計金額 (a)+(b)+(c) |
300万円 | 100万円 |
損害賠償額(d) (受取保険金額) |
被害者の過失20%の場合 300万円×(1-0.2)=240万円 被害者の過失40%の場合 300万円×(1-0.4)=180万円 |
被害者の過失20%の場合 (40万円×(1-0.2))【慰謝料】+(60万円×0.8)【労災】+(60万円×(1-0.6)×(1-0.2))【保険】=99万2000円 被害者の過失40%の場合 (40万円×(1-0.4))【慰謝料】+60万円×0.8【労災】+(60万円×(1-0.6)×(1-0.4))=86万4000円 |
病院に支払う金額(a) | 200万円 | 0円 |
被害者の受領金額 (d)-(a) |
被害者の過失2割の場合 40万円 被害者の過失4割の場合 -20万円 |
被害者過失2割の場合 99万2000円 被害者過失4割の場合 86万4000円 |
表の中身を説明しますと、
1)被害者が労災保険を使用しない場合には、
被害者は治療費として200万円を支払うことになりますので(全額負担+保険診療の2倍の診療報酬)、その他の損害を併せますと、被害者の損害額は合計300万円となります。
そして被害者がこの300万円を保険会社に請求すると、300万円全体に対し20%(40%)の過失相殺がなされますので、被害者の受け取ることのできる保険金額は、300万円の80%(60%)である240万円(180万円)となります。
そうしますと、被害者は、すでに200万円を病院に支払っていますので、被害者の手元に残る金額は、結果として、40万円(-20万円)となります。
2)被害者が労災保険を使用した場合には、
被害者は治療費を支払う必要はありませんので(全額労災負担)、被害者の損害額は入通院慰謝料と休業損害の合計100万円となります。
そして被害者が休業損害を労災保険に請求した場合、休業補償給付として休業損害額の60%分、特別受給金として20%分が被害者に支払われますが、このうち特別受給金は、加害者に対する損害賠償額から控除されませんので、加害者に対しては100%から60%だけを差し引いた40%分の休業損害を請求することができます(20%分は差し引く必要がないということです)。
したがって、被害者は、労災から休業損害額の80%分の給付を受けた上に、加害者からは、慰謝料と40%分の休業損害から20%(40%)分の過失割合分を差し引いた額の損害賠償を請求することができることになります。
そうしますと、被害者の手元に残る金額は、結果として、99万2000円(86万4000円)となり、自由診療の場合よりも、手元に残る金額が遙に大きくなります。
2.労災保険の給付内容(交通事故に関係するもののみ抜粋)
業務災害に関する保険給付の種類には、療養補償給付、休業補償給付、傷病補償給付、障害補償給付、遺族補償給付、葬祭料および介護補償給付があります。
通勤災害に関する保険給付の種類には、療養給付・休業給付・傷病年金・障害給付・遺族給付・葬祭給付・介護給付があり、それぞれの給付内容は、対応する業務災害の保険給付の内容に相当します。
ア.療養補償給付/療養給付
療養補償給付は、労働者が、業務災害または通勤災害により負傷または疾病にかかり、療養を必要とする場合に行われます。療養補償給付には、療養の給付と療養の費用の支給があります。
療養の給付は、一種の現物給付で、医療機関において直接被災労働者に対して療養そのものを給付するものです。これにより労働者は、医療機関で治療を受けることができます。労災保険による療養の給付については、健康保険の場合と異なり、被保険者の窓口負担はありません(労災保険が全部負担します)。
※給付される療養の範囲
- 診察
- 薬剤または治療材料の支給
- 処置・手術その他の治療
- 居宅における療養上の管理およびその療養に伴う世話その他の看護
- 病院・診療所への入院およびその療養に伴う世話その他の看護
- 移送
イ.休業補償給付/休業給付
労働者が業務災害または通勤災害に係る療養のために、労働することができず、賃金が減額されるかまたは賃金の支払いを受けられない場合に、給付される金銭です。
休業補償給付では、休業4日目を起算点として(3日間は待機期間といい休業補償給付は行われませんが、業務災害の場合は、その間は事業主が休業補償を行うこととされています)、労働することができなかった期間について、1日あたり給付基礎日額(原則として労働基準法上の平均賃金相当額)の100分の60に相当する金額が支払われます。
もっとも、この給付に加え、休業特別支給金としてさらに20%の給付を受けることができるので、実際には給付基礎日額の80%が支給されることになります。
ウ.障害補償給付/障害給付
業務災害・通勤災害による負傷または疾病が治ゆしたときに、身体に一定の障害が残った場合に給付される金銭です。「治ゆ」とは、症状が固定し、もはや療養の効果を期待できず、したがって療養を必要としなくなった状態をいいます。
障害補償給付には、障害補償年金(障害年金)と障害補償一時金(障害一時金)とがあり、障害補償年金は、障害等級第1級から第7級までに該当する障害について、障害補償一時金は、第8級から第14級の障害について支給されます。
障害等級 | 障害補償年金 (障害年金) |
障害等級 | 障害補償一時金 (障害一時金) |
---|---|---|---|
第1級 | 給付基礎日額の313日分 | 第8級 | 給付基礎日額の503日分 |
第2級 | 〃 277日分 | 第9級 | 〃 391日分 |
第3級 | 〃 245日分 | 第10級 | 〃 302日分 |
第4級 | 〃 213日分 | 第11級 | 〃 223日分 |
第5級 | 〃 184日分 | 第12級 | 〃 156日分 |
第6級 | 〃 156日分 | 第13級 | 〃 101日分 |
第7級 | 〃 131日分 | 第14級 | 〃 56日分 |
エ.遺族補償給付/遺族給付
業務災害または通勤災害により労働者が死亡した場合に、遺族に対し給付される金銭です。遺族補償給付には、遺族補償年金(遺族年金)と遺族補償一時金(遺族一時金)とがあり、労働者の死亡当時の生計維持関係、死亡労働者との続柄、遺族の年齢等によっていずれかになります。
I.遺族年金
労働者の死亡当時、労働者の収入によって生計を維持していた遺族が受けることのできる年金です。妻以外の遺族にあっては一定の年齢または障害の状態にある者のみに受給資格が認められます。
遺族補償年金は、すべての受給資格者に支給されるのではなく、受給資格者のうち最先順位の受給権者(配偶者>子>父母>孫>祖父母>兄弟姉妹の順)に支給されます。
遺族の数 | 額 |
---|---|
1人 | 給付基礎日額の153日分 ただし、その遺族が55才以上の妻または一定の障害の状態にある妻の場合は175日分 |
2人 | 給付基礎日額の201日分 |
3人 | 給付基礎日額の223日分 |
4人以上 | 給付基礎日額の245日分 |
※遺族補償年金前払一時金
遺族補償年金は、毎年各支払期月(2月、4月、6月、8月、10月、12月)ごとに支給されるのを原則としますが、遺族が一時金の支給を希望する場合には、給付基礎日額の1,000日分を限度として、給付基礎日額の200日分、400日分、600日分、800日分、1,000日分のうちから遺族の選択する額を、一時に受けることができます。
遺族補償年金前払一時金が支給されたときは、各月分の額(年利5分の単利で割り引いた額)の合計額が当該遺族補償年金前払一時金の額に達するまでの間、遺族補償年金の支給が停止されます。
II.遺族補償一時金
遺族補償一時金は、労働者の死亡の当時、遺族補償年金を受けることができる遺族がいないとき、または遺族補償年金の受給権者となった者の権利がすべて消滅した場合で、それまでに支給された遺族補償年金および遺族補償年金前払一時金の合計額が給付基礎日額の1,000日分に満たないときに支給されます。
支給金額は、前者の場合で給付基礎日額の1,000日分、後者の場合で、受領済の遺族補償年金および遺族補償年金前払一時金の合計額と給付基礎日額の1,000日分との差額となります。
オ.葬祭料/葬祭給付
労働者が業務上死亡した場合に、葬祭を行う者に対して給付される金銭です。31万5,000円の定額に給付基礎日額の30日分を加えた額または給付基礎日額の60日分の額のいずれか高いほうの額が支給されます。
カ.傷病補償年金/傷病年金
療養補償給付を受ける労働者の傷病が、療養の開始後1年6ヶ月を経過しても治癒せず、その傷病による障害の程度が厚生労働省令で定める傷病等級に該当する場合に、障害の程度に応じて支給される年金です。
傷病等級 | 額 |
---|---|
第1級 | 給付基礎日額の313日分 |
第2級 | 〃 277日分 |
第3級 | 〃 245日分 |
キ.介護補償給付/介護給付
障害補償年金または傷病補償年金の第1級の者または第2級の者(精神・神経障害および胸腹部臓器障害者の者に限る)で、常時または随時介護を要する者に支給される金銭です。常時介護の場合で月額10万4,590円、随時介護の場合で月額5万2,300円を上限として支給されます。
ク.特別受給金
労働者は、労災保険から上記の保険給付を受けることができる他に、労働福祉事業の一つである被災労働者等援護事業から、特別受給金の支給を受けることができます。
I.休業特別支給金
休業補償給付または休業給付を受ける者に対し、休業4日目から1日につき給付基礎日額の20%に相当する額が支給されます。
II.障害特別支給金
障害補償給付または障害給付を受ける者に対し、障害の程度に応じ次表の額の一時金が支給されます(ただし傷病特別支給金の支給を受けた場合には一定の調整が行われます)。
障害等級 | 額 | 障害等級 | 額 | 障害等級 | 額 |
---|---|---|---|---|---|
第1級 | 342万円 | 第6級 | 192万円 | 第11級 | 29万円 |
第2級 | 320万円 | 第7級 | 159万円 | 第12級 | 20万円 |
第3級 | 300万円 | 第8級 | 65万円 | 第13級 | 14万円 |
第4級 | 264万円 | 第9級 | 50万円 | 第14級 | 8万円 |
第5級 | 225万円 | 第10級 | 39万円 |
III.遺族特別支給金
遺族補償給付または遺族給付の受給権者に対し、300万円(遺族特別支給金を受けることができる遺族が2人以上ある場合には、300万円をその人数で除して得た額)の-時金が支給されます。
IV.傷病特別支給金
傷病補償年金または傷病年金を受ける者に対し、傷病による障害の程度に応じて次表の額の一時金が支給されます。
傷病等級 | 額 |
---|---|
第1級 | 114万円 |
第2級 | 107万円 |
第3級 | 100万円 |
V.特別給与を算定の基礎とする特別支給金
特別給与とは、3ヵ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)をいい、事故前1年間の特別給与の総額を算定基礎年額とし、これを365日で除した額を算定基礎日額といいます。
この特別給与を算定の基礎とする特別支給金として、障害特別年金・障害特別一時金・遺族特別年金・遺族特別一時金・傷病特別年金があります。
1)障害特別年金
障害補償年金または障害年金を受ける者に対し、障害の程度に応じて、次表の額の年金が支給されます。
障害等級 | 額 | 障害等級 | 額 |
---|---|---|---|
第1級 | 算定基礎日額の313日分 | 第5級 | 算定基礎日額の184日分 |
第2級 | 〃 277日分 | 第6級 | 〃 156日分 |
第3級 | 〃 245日分 | 第7級 | 〃 131日分 |
第4級 | 〃 213日分 |
2)障害特別一時金
障害補償一時金または障害一時金を受ける者に対し、障害の程度に応じて、次表の額の一時金が支給されます。
障害等級 | 額 | 障害等級 | 額 |
---|---|---|---|
第8級 | 算定基礎日額の503日分 | 第12級 | 算定基礎日額の156日分 |
第9級 | 〃 391日分 | 第13級 | 〃 101日分 |
第10級 | 〃 302日分 | 第14級 | 〃 56日分 |
第11級 | 〃 223日分 |
3)遺族特別年金
遺族補償年金または遺族年金を受ける者に対し、遺族の数等に応じて次表の額の年金が支給されます。
遺族の数 | 額 |
---|---|
1人 | 給付基礎日額の153日分 ただし、その遺族が55才以上の妻または一定の障害の状態にある妻の場合は175日分 |
2人 | 給付基礎日額の201日分 |
3人 | 給付基礎日額の223日分 |
4人以上 | 給付基礎日額の245日分 |
4)遺族特別一時金
遺族補償一時金または遺族一時金を受ける者に対して、次の額の一時金が支給されます。
労働者の死亡の当時、遺族補償年金または遺族年金の受給資格者がいないとき
‥‥‥算定基礎日額の1,000日分
遺族補償年金または遺族年金の受給者となった者がすべて失権した場合で、それまでに支給された遺族特別年金の合計額が算定基礎日額の1,000日分に満たないとき
‥‥‥その合計額と算定基礎日額の1,000日分との差額
5)傷病特別年金
傷病補償年金または傷病年金を受ける者に対し、傷病等級に応じて次表の額が支給されます。
傷病等級 | 額 |
---|---|
第1級 | 給付基礎日額の313日分 |
第2級 | 〃 277日分 |
第3級 | 〃 245日分 |
3.労災保険の使い方
ア.医療機関への届出
I.労災指定医療機関の場合
医療機関によっては、受傷の状況を聞き取った上、労災を適用できる診療であることや労災診療に必要な書類の説明をしてくれるところもありますが、そのような説明がない場合であれば、診療を受ける際に、診療に労災保険を使用したい旨を申し出ましょう。その後、療養を受けている労災指定医療機関等に、療養補償給付たる療養の給付請求書(業務災害の場合)または療養給付たる療養の給付請求書(通勤災害の場合)を提出すれば、労災保険から給付を受けることができます。
※院外の調剤薬局で薬の処方を受ける場合、病院に提出する以外に、別途療養の給付(費用)請求書が必要となりますので、請求書は2通準備してください。
II.労災非指定医療機関の場合
災害にあった際に、近くに労災指定医療機関がないなどの理由で、非労災指定医療機関で治療を受けることもあります。非労災指定医療機関病院で診療を受けた場合には、労災から療養の給付(療養の現物給付)を受けることはできず、療養の費用の支給を受ける形で、保険診療を受けることになります。
この場合、受診者は診療費の全額を立替払し、後日、労災保険に対し、支払った診療費の支払いを請求します。
非労災指定医療機関に対しては、療養補償給付たる療養の費用請求書(業務災害の場合)または療養給付たる療養の費用請求書(通勤災害の場合)を提出し、診療内容を記載してもらいます。
後日、これらの書面に診療費の領収書を添付し、労働基準監督署の労災課に提出すれば、大体数ヶ月後に診療費が振り込まれます。
イ.保険者への届出
労災保険についても健康保険の場合と同様に、第三者の行為によって災害が生じた場合には、労災給付の請求書の提出と同時にまたは提出後速やかに、第三者災害である旨を報告する第三者行為災害届等の必要書類を、所轄の労働基準監督署に提出する必要があります。その理由については、健康保険の節で説明した理由と同様です。
第三者災害届等の必要書類としては、念書・事故証明書、示談が成立している場合には示談書、仮渡金または保険金の支払いを受けている場合には自賠責保険等の損害賠償金等支払証明書または保険金支払通知書、被害者が死亡した時などでは死亡診断者等が必要となります。また加害者には、第三者災害報告書の提出が求められています。
尚、誤って健康保険で受診し、後日、労災保険へ切り替える場合は、保険者が医療機関に支払った診療報酬相当額(保険者負担7割分)を被害者から保険者へ返還した上で、窓口負担の3割分と返還した7割分に関する領収書や請求書等、療養に要した費用を証明する書類を、療養の費用請求書に添付して、所轄労働基準監督署長あて請求することになります。
この場合、費用請求書には診療担当者の証明を受ける必要がありますが、請求書裏面の「療養の内訳および金額」欄は、診療報酬を返還するとき交付されるレセプトの写しを添付すれば、記載の必要はありません。
ウ.その他の給付を受ける場合
労災から、療養(補償)給付以外の給付を受ける場合には、給付の種別に対応した給付請求書と必要書類を、所轄の労働基準監督署長に対して提出します。
給付請求書の書式等は、労働基準監督署に用意してあります。